県無形民俗文化財
阿刀神楽(あとかぐら)
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名称 阿刀神楽(あとかぐら)
指定年月日 昭和40年10月29日
所在地 安佐南区沼田町阿戸 阿戸神楽団

 古くから阿刀明神社の祭礼に奉納されてきた神楽で、出雲流神楽の流れをくむといわれています。
 十二の演目によって構成される「十二神祗(じゅうにじんぎ)系」で、「鼓の口開け」に始まり、「湯立舞」「所務分け」「将軍」などの舞が、大太鼓(宮太鼓)、笛、鉦(銅拍子)によるいろんな調子の囃子に合わせて舞われます。なかでも特徴的とされるのは「所務分け「将軍」です。「所務分け」は遺産分配の争いを描いた舞で五郎王子神楽、五行神楽などとも呼ばれ、舞の手に柔術の型らしきものが見られます。また「将軍」は、「死に入り」とも言われる納めの舞で、烏帽子、直垂、袴姿の将軍が、激しく舞った末に失神状態になり、太夫の祈祷によってよみがえるという筋のものです。この時、他の神楽では消滅している「託宣(神のお告げ)」が行なわれ、古い形式をよくとどめています。
 もともとこの神楽は、天照大神、宗像三女神を祭る阿刀明神社の秋祭りに奉納されたもので、おそらく初めは素朴な、形も定まらないものだったのでしょう。それが約170年前、周防国(山口県)から移ってきた宇高宗助という武芸の達人によって、柔術の型を取り入れた現在の形式に作り上げられたのだと伝えられています。
 かつてはかがり火をたき、舞の合間に花火や煙火などの趣向を盛り込みながら、にぎやかに夜を徹して舞い明かしたといいます。その後、次第に花火もやめ、神楽も部分を省略し、夜半に切り上げるようになって、一時は随分さびれました。戦後、地元の人々の熱意により、阿戸神楽団やそれを支える保存会も結成されるなど、古い形式の復活と保存、伝承のための活動が活発になっています。阿刀神楽は、毎年10月15日に最も近い土曜日の夜に、阿刀明神社に奉納されます。

■豆知識■

神楽
 神楽は、古くから宮廷で行われてきた御神楽と、民間で行われる里神楽の二つに分けられます。沼田町の阿刀神楽や西原の十二神祗神楽は里神楽に入り、中国地方一帯に伝承される出雲神楽の流れをくむものといえます。このような里神楽は、神社の境内に舞殿をしつらえ、神への祈りや感謝を込めて奉納されるのが普通で、娯楽の少なかった時代には、全村あげて楽しむ大きな年中行事のひとつでした。舞の合間には「吹き火」などの花火のわざを競いながら、燃え上がるかがり火のもと、夜通し舞い明かすのが常でした。観覧する人々も、それぞれごちそうや酒肴を持ち寄り、夜を徹して楽しんだと言います。

「広島市の文化財」広島市教育委員会編より。
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