■解説 〜国府と国分寺〜

 中央集権国家という体制に地方が取り込まれたことを象徴する施設として、各地に国府と国分寺が建てられました。国府とは、各国に設けられた今で言う県庁所在地のことです。安芸国府の位置は未確認のためはっきりと分かりませんが、平安時代中期に記された辞書・百科事典である『倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』によれば、現在の安芸郡府中町にあったと考えられています。同じ広島県では、備後国府が現在の府中市の中心部で確認されています。国府の中心的建物である国衙は見つかっていないものの、建物跡などの多くの遺構が発掘調査で確認されています。
 国分寺は、仏教の流布のため、天平13年(741)聖武天皇の命により各国に造られた寺院です。安芸国分寺は東広島市西条町で確認され、現在も同所にあります。

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