WEB博物館企画展第5弾 「ひろしまのお宝~広島市重要有形文化財考古資料編」

海に臨む古墳からヒスイや水晶などで彩られた首飾りや銀製耳飾りが出土
新宮古墳出土品

 遺跡の時代・種類  古墳時代後期(約1500年前)・古墳
 発掘調査年  1978年
 遺物指定年月日  2004年7月22日
 所在地  広島市安芸区船越四丁目

遺跡の概要
  新宮古墳は、海田湾を見下ろす標高25mの斜面に位置する6世紀の古墳です。墳丘は削られていますが、直径10.4m、高さ3.2mの円墳であったと推定されています。埋葬施設は横穴式石室で、玄室は奥行き約4.2 m、幅約1.5 mで、羨道(せんどう)部は長さ約2.4 m、幅約1.0 mです。この古墳からは、須恵器のほか、首飾りや耳環(銀環)などが出土しました。平地の少ないこの辺りにあって、海上交易などを経済力の基盤とした有力者の墓と考えられています。なお新宮古墳は、1983年3月24日に広島市史跡に指定されています。
  
  石室内の床には板状の石が敷きつめられ、遺体の安置後に入口をふさぐ閉塞石(へいそくせき)も残っていました。
 横穴式石室内には、玄室と羨道(せんどう)部を明確に分けるくびれ部分があり、左右両側からくびれているので、これを「両袖(りょうそで)式といいます。また、側壁は天井部に近づくにつれて内側にせり出し、床よりも天井の横幅が狭くなる「持ち送り」の形式を取っており、比較的古い石室といえそうです。副葬品として、須恵器の坏、銀製の耳飾り、首飾りに使われたヒスイや水晶の玉類なども多く出土し、それらの特徴から、この古墳は6世紀中頃のものと考えられています。 
   
敷石の下から、たくさんの玉類が出土しました。  新宮古墳墳丘

重要有形文化財の紹介
指定の理由 
 ヒスイ製勾玉を中心とする首飾りや銀環は、広島市域における同時期の古墳の出土品としては質・量ともに突出しています。新宮古墳の立地条件や埋葬施設の構造、出土品の特徴などから、瀬野川河口北岸域に卓越した勢力が存在していたことを示す貴重な資料として169点が広島市重要有形文化財に指定されています。内訳は ヒスイ製勾玉1点・水晶製切子玉4点・水晶製算盤玉2点・ガラス製小玉145点、銀製耳環3点、須恵器13点です。
  首飾り
  
  遺体の頭が置かれていた敷石の下から、151個もの玉類が二連状の首飾りと考えられる状態で出土しました。勾玉はヒスイでできており、丁字頭(ちょうじかしら)という頭部に線が彫り込まれた形をしています。また、切り子玉は水晶でできており、このような首飾りが古墳から出土することは全国的にも珍しい事例です。 
  首飾りの中心となるヒスイ製丁字頭勾玉です。頭部に三本の線が刻まれています。  
    銀製耳環
  
 銀製の耳飾りです。 
     提瓶
 
須恵器の提瓶です。瓶とは壷の一種で液体を入れて保管するためのものです。提瓶は液体を入れて携帯するのに使用され、現在の水筒のような役割をしています。   
  実測図  
坏蓋・坏身  
 
  坏とは須恵器の食器など盛りつけに使われた器で、蓋と身を組み合わせて使用されます。 
  実測図



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