与楽園(よらくえん)
![]() 「広島市水主町与楽園」明治末期~大正前期 |
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![]() 与楽園のあったアステールプラザ一帯(中区加古町) |
与楽園は享和元年(1801)、広島藩7代藩主浅野重晟(あさのしげあきら)により造られた別邸(中屋敷)で、水主町(かこまち)屋敷とも呼ばれていました。文政8年(1825)には建物・庭園に大幅な改修が加えられました。庭園は中央に池を設け小島を配した回遊式で、己斐から松200本が移され、厳島や瀬戸内の島々が眺望できたそうです。
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![]() バス:「中島小学校前」から200m |