こい   きんぱくがわら
鯉の金箔瓦
(広島城跡太田川河川事務所地点出土)
金箔瓦
 紹介する金箔瓦は、中心部分に鯉が造形された鬼瓦の一部で、広島城郭内三の丸の屋敷地の発掘調査で出土しました。残存長19.2cm、最大幅11.0cm、厚さ7.2cmの大きさです。鯉は「鯉の滝登り」で知られるように縁起のよい魚で、絵画などの題材に使われただけでなく、城郭建築などの屋根の飾り瓦に使用されました。
 この瓦は、金箔がかなり剥がれているものの、鯉の鱗部分の表面の一部には金箔が残っており、金箔押と呼ばれる漆を接着剤にして金箔を貼り付ける方法で施されています。顔の部分にもわずかに金箔が残されていることから、全体が金箔で覆われていた可能性があります。また、赤っぽい色は漆で、金箔を貼り付けるために塗られたものです。
 そもそも金箔瓦は、織田信長の安土城や、豊臣秀吉の大坂城・聚楽第
(じゅらくだい)などの城郭に使用されていました。豊臣秀吉の時代になると、金箔瓦は東北から九州までの地方の城郭にも広まったことが金箔瓦発掘調査によって確認できます。
 広島城では、これまでの発掘調査で、5地点で約50点の金箔瓦が出土しています。特に鯉の金箔瓦が出土したこの地点では、松皮菱紋
(まつかわびしもん)の軒丸瓦などあわせて30点以上の金箔瓦が出土しています。しかし、屋敷地であるこの地点だけに大量の金箔瓦があったとは考えにくく、おそらく天守や御殿のあった本丸の建物にも金箔瓦が使われていたと考えられます。
【写真右:出土したさまざまな金箔瓦、上段3点が松皮菱紋の軒丸瓦】


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