市指定史跡 旧国泰寺愛宕池(きゅうこくたいじあたごいけ) |
|
国泰寺の前身である新安国寺は、文禄3年(1594)に、不動院の前身とされる牛田の安芸安国寺の住職であった恵瓊(えけい)が建てたと言います。彼は毛利輝元の片腕として活躍し、豊臣秀吉の信任も厚く、秀吉から六万石の領地を与えられたほどの人物でした。しかし慶長5年(1600)に関が原の戦いで西軍が敗れると、恵瓊は首謀者の一人として処刑され、毛利氏は萩へ移されます。替わって広島に来た福島正則は、弟の普照(ふしょう)を新安国寺に招き、寺号も国泰寺と改められました。 |
「広島市の文化財」広島市教育委員会編より。 |
公益財団法人広島市文化財団文化科学部文化財課 tel/082-208-4151 fax/082-208-4153
Copyright(C)2005 Hiroshima
City Culture Foundation. All rights reserved.
|