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■臨戦地としての広島

 日清戦争の際、広島市が国内における最前線基地となり、臨時の帝国議会も開催され要人が集まることから、広島市全域と宇品(安芸郡仁保島村)を臨戦地境と定め日本初の戒厳令が、明治27年(1894)10月5日に宣告されました。
 戒厳令とは行政権・司法権の権限の一部を軍に移管し、軍の指揮下において治安維持や暴動を抑えるものです。戒厳司令官には、第5師団長が動員され朝鮮半島にいて不在のため、第5師団留守師団長が任命されました。

 

■戒厳宣告ノ件・御署名原本・明治二十七年・勅令第百七十四号(国立公文書館蔵)

 明治27年(1894)10月5日

©国立公文書館
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