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■町中に残る広島城の外堀 絵葉書(広島市公文書館蔵)
 明治時代末

 明治時代以降、広島城の堀は城の防御施設としての役目を終えていましたが、幅が約20m、深さが約2mもある堀を埋め立てるには多額の費用がかかることもあり、そのままにされていました。明治時代の末頃までに外堀は埋め立てられ、次第に宅地や道路に変わっていきました。

保存・転載禁止/

※転載禁止

■発掘された広島城の外堀(中区紙屋町)
 平成8年~9年(1996~1997)

 地下街の建設に伴い平成8年~9年(1996~1997)に行われた発掘調査の際、明治時代の終わりに埋め立てられた広島城の南側の外堀が見つかっており、その他にも発掘調査によって広島城に関連する遺構が多く見つかっています。詳しくは展示室5広島の発展(広島城を探る2)で展示を行っていますので、併せてご覧ください。

発掘された広島城の外堀(中区紙屋町)

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