学芸員が普段の仕事の中で感じたことや、日々のこぼれ話、お気に入りの展示物などを紹介します。

「日本号」

2022.7.1

 昨春に福岡から広島に越してきて、今春から文化財課に配属されました。大学では地質学を専攻していたため、埋蔵文化財と比べると扱う年代が大きく違うのですが、過去を解き明かすという点は共通していると思いますし、これまで自分が経験したことの、点と点がつながるような発見があると嬉しく思います。

以前、広島城を訪れた際に、広島と福岡のつながりを感じるものがありました。天下三名槍のひとつ「日本号」です。室町時代後期に作られたとされ、総長321.5㎝、刃長79.2㎝もある大身鎗です。正親町(おおぎまち)天皇から足利義昭に、そして織田信長や豊臣秀吉の手に渡り、その後福島正則に下賜されたといわれています。現在、日本号は福岡市博物館が所蔵し、広島城にはその写しがあります。その理由として、以下の逸話が有名です。

黒田家の家臣のひとり母里太兵衛(ぼりたへえ)友信が、黒田長政の命を受け、福島正則の元に遣いに行った際、長政から「行った先では酒を飲むな」と釘を刺されます。しかし、「大盃を飲み干せば、この鎗を与える」「黒田の武士は酒も飲めないのか」と挑発された太兵衛は、見事飲み干し、日本号を手に入れたといわれています。

JR博多駅や光雲(てるも)神社(注1)には、日本号と杯を持つ太兵衛の像があります。また飲食店でも、黒田武士の博多人形(注2)を見かけることがあります。もうひとつご紹介したいのが、クラフトハウス株式会社(福岡市中央区)制作の「黒田武士ロボット」(注3)です(現所蔵:福岡市科学館)。博多人形の凛々しい頭と博多織を身に纏い、民謡「黒田節」に合わせた舞を披露する二足歩行型ロボットです。舞の途中では、鎗をつかんだり杯を持ったり、酒を飲みすぎて少し千鳥足に…という細かい動きまで表現されています。福岡城跡や福岡市博物館でも舞を披露したことのあるロボットなので、いつか広島城でも…と思ってしまいます。福岡を訪れる機会がありましたら、ぜひ広島と福岡のつながりを感じてみてください。

     文化財課学芸員  相原 秀子 

(注1)福岡市中央区にある光雲神社は、黒田官兵衛孝高公と、その息子で初代福岡藩主の黒田長政公がまつられています。日本さくら名所100選のひとつにもなっており、おすすめです。

(注2)飲食店や家庭で飾られる博多人形。以前は新築祝いなどで贈られることも多かったそうです。表情や杯、袴の彩色の違いなども見ると興味深いです。

(注3)基本展示室(有料)で展示されています。サイエンスショーで演示があることもあります。

画像:写真左: 西公園光雲神社にある母里但馬守太兵衛友信像  
   写真中: 黒田武士の博多人形(個人蔵)
   写真右: 黒田武士ロボット




「ツバメと人びと」

2022.6.29

 

 今年は、久しぶりに家にツバメがやってきました。エサをもらう時以外はくちばしが見えるかどうかの大きさでしたが(写真)、いつの間にか親鳥より大きくなっており、狭そうな巣を見た翌日にはもう巣立っていて、ふっくらしたヒナが電線に止まって親鳥からエサをもらっていました(写真)。巣にヒナがいたのは2週間ほどでしたが、来年も無事に来てくれることを願っています。

ツバメは、春に東南アジアなどから飛来する渡り鳥です。害虫を食べるので昔から益鳥として大切にされており、『竹取物語』や『万葉集』にも登場します。稲を食べる害鳥のスズメと対比されることが多い印象でしたが、中国・前漢の百科全書『淮南子(えなんじ)』や『万葉集』では、春に来るツバメは冬に来る水鳥である雁(がん)と対比して取り上げられていました。水鳥といえば、古墳時代には水鳥形埴輪が作られており、中には雁をモデルにした埴輪もあったと考えられます。一方、ツバメについては近世の絵画や着物の模様などの例はありますが、古代の遺物は今回調べた限りは国内では見つけられませんでした。

直接の影響があるかはわかりませんが、中国・前漢の歴史書『史記』に「燕雀安知鴻鵠之志哉(燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや)」という記述があり、燕雀(ツバメやスズメ)が狭量な人物、鴻鵠(白鳥などの大型の鳥)が傑物に例えられています。権力者にとっては、陸・海・空にまたがって生活し身体も大きい水鳥の方が魅力的なモチーフだったのかもしれません。

      
  文化財課主事 兼森帆乃加 

画像:写真: ツバメの巣(69日撮影) 
   写真: 成長したヒナ(615日撮影)
   写真: 巣立ったヒナ(615日撮影)

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