学芸員が普段の仕事の中で感じたことや、日々のこぼれ話、お気に入りの展示物などを紹介します。

「カープ優勝だ!!! カープ(鯉)の金箔瓦」

2014.9.2

金鯉  カープの調子いいですね。9月に入っても2位。今日(2日)からは首位攻防初戦で勝ったら首位というところまできました。近年にない盛り上がり方で、「もしかしたら優勝」どころか「本当に優勝」するかもしれないと、巷もざわついてきました。
 そこでカープにエールを送るために、こんなときだからこそ紹介すべきとっておきの資料が当課にあります。紹介しましょう。 「ジャジャジャー-ン!」カープ(鯉)の金箔瓦です。
 この資料は2004年の冬、広島城旧武家屋敷地の発掘調査(遺跡については こちら)で見つかりました。金メダル(首位)を目指すのにふさわしい資料です。
今から約420年前の広島城築城の頃、金箔瓦が広島城でも使われていたことが近年の発掘調査で分かってきました。この資料は屋根の飾り瓦として使われており、かつては広島城のどこかの建物に使われていたと考えられています。
 鯉城と呼ばれた広島城。鯉城が広島にあったから、 カープ(鯉)と名づけられた広島のプロ野球チーム。 城の甍に置かれた金箔鯉に夢を乗せて、 空高く優勝に向けて飛翔する鯉の優勝と黄金時代到来に期待しましょう!がんばれカープ!

文化財課学芸員 玉置和弘 / 写真:「鯉の金箔瓦」

「おいしい!?歴史体験」

2014.7.18

 8月3日(日)に広島市こども文化科学館とハノーバー庭園にて開催される「歴史体験オリンピック」は、昔の生活が体験できる競技会やイベント、そしていろいろなブースで遊びながら、歴史を楽しく学べる催し物です。文化財課ではこの催し物に向けて、準備がいよいよ本格的になってきました。最近はボランティアの皆様にもいろいろと手伝っていただき本当に助かっています。
 このイベントの体験ブースの中に、「蘇(そ)」というものがあります。蘇とは、飛鳥時代に作られたチーズに近い食べ物と考えられています。牛乳をひたすら煮詰めて水分を飛ばし、固形状になるように作っていきます。ちなみに11月11日は「チーズの日」らしいのですが、それは、飛鳥時代の11月にあたる時期に、文武天皇が蘇を作らせたと記述した昔の資料があるからだそうです。
 栄養価の高い蘇は、病気の治癒や体力の回復に効果がある栄養食品として珍重され、昔は皇室や上流貴族など、限られた人しか口にすることができない貴重な食べ物でした。好き嫌いもあると思いますが、興味のある方は、8月3日の「歴史体験オリンピック」で是非試食にチャレンジしてみてくださいね。

文化財課学芸員 池本和弘 / 写真左:蘇を作る / 写真右:「はい、チーズ!」

蘇作り はいチーズ原材料

「夏休みのイベント」

2014.6.30

見立山  もうすぐ7月です。7月といえば夏休みですね!
 夏休みになると、各地で様々なもよおしが開かれますが、文化財課でもイベントや出張事業などを色々と予定していて、今の時期はその準備をしています。
 そこで、もよおしの一つであるフィールドワーク「歴史と虫をまるかじりin牛田山」について紹介します。
 このイベントは、歴史が得意な文化財課と、虫が得意な広島市こんちゅう館が連携して毎年この時期におこなっており、地元の歴史と昆虫のことが一度に学べるとってもお得な内容となっています。対象は、小学生以上で、小学生は保護者同伴です。
 今回は、東区の牛田山(標高261m)に登りながら、山頂付近にある遺跡(貝塚や山城跡があるのです!なぜ山の上に貝塚があるのかは…当日のお話を聞いてくださいね。)と虫の観察をおこないます。牛田山は国蝶のオオムラサキの生息地でもあるので、条件(運?)がよければ見ることができるかも!?
 他にも、昆虫観察のポイントや、歴史マップのつくり方も詳しく学べて、夏休みの自由研究に役立つこと間違いなしです。
 小学生でも登りやすい山ですので、興味のある方はご家族で参加されてみてはいかがでしょうか?もちろん大人の方だけでも大歓迎です。
 開催日は夏休みに入ってすぐの、7月19日(土)です。事前申込が必要(応募締切は7月8日(火)必着)となりますので、詳しい内容や申込方法については イベント情報掲示板をご確認ください。
文化財課学芸員 寺田香織 / 写真:牛田山へ登る途中の見立山(みたてやま)からの景色。

「天気の情報」

2014.6.18

塔之原  先週から安芸区上瀬野町にある塔之原遺跡の発掘調査が始まりました。梅雨時期ということもあり、毎日天気の情報をこまめにチェックしていますが、予報どおりの天候にならないことも・・・。前日までの雨予報で作業中止を決定したにもかかわらず、翌日になってみると天候が回復したこともありました。雨雲が接近しているという情報から昼休み前に作業現場へビニールシートをかけたものの、全く雨が降らなかったということもありました。
 いったい何を頼りにすればいいのかという気にもなりますが、とりあえず天気の情報を確認しながら空模様を眺める日が続きそうです。ある日、作業員の方が空を見て「今日は雨は降らんよ」と教えてくださいましたが、言われたとおりその日は雨が降りませんでした。長年地元で生活しておられる経験からの判断ですが、どんな天気の情報よりもいちばん確かな情報なのかもしれません。これから発掘調査は続きますが天気が良ければ良いで暑さとの戦いとなりそうです。
文化財課指導主事 牛黄蓍 豊 / 写真:塔之原遺跡発掘調査現場

「広島は茶所?(「狭山」は茶所で情が深い♪そうですが・・・)」

2014.5.30

新茶  今年も5月4日(日)中区幟町の縮景園で茶摘が行なわれました。古くは、八十八夜に広島藩主浅野家の伝統行事として行なわれていた茶摘行事を1965年(昭和40年)に再現したものです。広島市内の上田流茶道部の女子中高生が早乙女姿に扮し茶摘を行ないました。摘まれ新芽はその場で蒸して揉まれ、入園者に振る舞われました。
 桃山文化の流れを汲む茶道上田宗箇流のある広島ですから、さぞやお茶の産地だろうと思いきや、それが全然茶所ではありません。
 「平成25年度産茶生産量等(主産県)」(農林水産省)によると、平成25年荒茶生産量は全国計で84,800トンです。生産量1位は静岡県(32,200㌧全国の38.0%)、2位は鹿児島県(25,600㌧ 全国30.2%)、3位は三重県(7,130㌧全国の8.4%)、4位は京都府(3,020㌧同3.6%)、5位は福岡県(2,290㌧全国の2.7%)、で上位16府県の中には出てきません。広島県はなんと30位程度です。それもお茶の生育には向かない関東以北の県を含んでの順位です。
 広島県は特筆すべきお茶はないのでしょうか?ありますよ。それもブランド茶が。それは「世羅茶」です。
 「世羅茶」は、昭和初期、当時の村長が農業の副業として茶の栽培を奨励し、県内で始めて製茶の機械化を実現しました。県中央の世羅郡世羅町を中心に栽培されていました。
 「世羅茶」は、茶葉を蒸して陰干して、炒って作られます。少し発酵させることになるので、色は茶色になります。半発酵茶と言っていいかと思います。緑茶とウーロン茶と中間のようなお茶です。日本茶は基本的に発酵させません(不発酵茶=緑茶)。最盛期には年間300㌧が出荷されましたが、1980年代以降は価格低迷や農家の高齢化などで衰退しました。しかし、2012年(平成24年)に世羅町内の有志5人が「世羅茶再生部会」を結成し、「世羅茶」の復活に取り組みはじめました。また、広島県府中市にもお茶を栽培している農家があります。ひろしまブランド茶の復活を願うばかりです。
 「世羅茶」は生産量が少なく、「世羅茶」として販売されていないこともあるそうなので、入手は現地で行なうのがよさそうです。‘「世羅茶」を飲んだぞ’レポートはまたいつかの機会に・・・・・。
文化財課主任指導主事 河村直明 /写真:新茶(イメージ)

※静岡県は、掛川茶・菊川茶・牧之原茶など地域ブランド茶が多くありますが、それらを称して静岡茶と言っています。
 鹿児島県は知覧茶、三重県は伊勢茶、福岡県は八女茶、京都府は宇治茶がブランド茶として有名です。
※荒茶は、茶の葉から茶を作る製茶行程のうち蒸熱、揉捻等の工程を経て乾燥された段階のものです。
※尾道市JA甲山営農センターの方にお話を聞きました。ありがとうございました。

「二葉って地名と二葉あき子」

2014.5.15

 広島市内で「二葉」というと、仏舎利塔のある「二葉山」を思い浮かべる人が多いかもしれませんね。でも、この山、広島城築城の頃は明星院山と呼ばれていました。では「二葉」の名称はいつごろからあるのでしょう?
 天保5年(1834)、新しく作られた饒津神社の名前に、昔の和歌に出てくる縁起のいい「二葉の松」にあやかって「二葉山神社」を社名・山号とし、あわせて明星院山が「二葉山」になったところから始まります。また、神社付近が「二葉公園」と呼ばれ、戦前には広島名所の一つとして絵葉書が出回っていました。そして近くの町名も「二葉の里」になりました。
二葉  しかし現在、「二葉山」「二葉の里」の名称は健在ですが、「二葉山神社」「二葉公園」はいつの間にか言われなくなってしまいました。
 一方、現在、我々が「二葉地区」としてイメージするエリアはもう少し範囲が広がっています。一つには「二葉の里」の町名エリアが広島駅の近くまで広がったこと(現在再開発を行っている辺り)、そしてなにより戦後になって光町にある「二葉中学校」(昭和26年1951~)や「二葉公民館」(昭和46年1971~、現在は移転)の名称に使われたことに原因があると思います。
 なお、「二葉の里」に住んでいる生徒の通学区域は「二葉中学校」と当然のように思いますが、幟町中学校だそうです。これって何か妙だと思いませんか?せっかく二葉に住んでいるのに・・・
 これも余談ですが「二葉の里」の出身で芸名に「二葉」を使用された方がいらっしゃいます。日本の歌謡史を飾る代表的な歌手二葉あき子さんで、「二葉」だけでなく「安芸」も芸名に使ったのです。先日旧日本銀行で展示会を開催していたので見に行きましたが、なかなか興味深かったです。来年を目標に鶴羽根神社近くに歌碑を作る予定だそうで、楽しみです。
 以上、「二葉」って地名(二葉亭四迷?)にまつわる地名的な話でした。
文化財課学芸員 玉置和弘 /写真:明治~大正頃の絵葉書。広島二葉公園饒津神社と書かれています。(写真の上にマウスをのせると字が大きくなります)

「学びの成果をボランティアに活かしてみませんか?」

2014.5.2

 文化財課には広島城、郷土資料館と合同のボランティアグループ「ひろしま歴史探検隊」があり、みなさん意欲的に活動しておられます。特に春から夏にかけては、小学校や公民館などへ出向き、出土遺物の紹介や古代体験、土器や埴輪づくりなどの指導を行う出張事業で大忙しです。
 この出張事業本番に向けて、毎年春にボランティア研修会を実施し、実際に体験しながら指導のポイントを学んでいただいています。今年もたくさんのボランティアの方が参加されたのですが、火起こし体験では火がつくまで汗だくになって頑張ったり、弓矢の体験では「何としても的に当てたい!」と、弓の構え方や矢の持ち方についてアドバイスしあったり、土器づくりでは慣れない粘土の扱いに悪戦苦闘したり…と、みなさん時間を忘れて楽しんでおられました。
 このように自分で体験して、楽しんで、学んだ成果をボランティア活動に活かしていただけるのが「ひろしま歴史探検隊」です。
 ボランティアは通年募集しており、研修も随時行っています。経験は問いません。広島の歴史を学びたい方、人とのふれあいやものづくりが好きな方など、どなたでも大歓迎です。活動に興味のある方は、まずはお気軽にお問い合わせください!
文化財課学芸員 田原みちる /写真:ボランティア研修会の様子 (左)火起こし体験 (右)土器づくり 

火種と火口 原材料

「古代体験の準備 火起こし編」

2014.4.23

 文化財課が小学校等で行う出張事業の人気メニューの一つに「火起こし体験」があります。火起こしは、まず木と木をこすり合わせて出た木くずに摩擦熱で火がつき、ちょうど火をつけたタバコの先のようなくすぶった火種(ひだね)というものができます。しかし、このままでは炎は起きません。火口(ほくち)と呼ばれる燃えやすいもので火種を包んで息を吹きかけて、ようやく炎が上がるのです。この火口、燃えやすいものなら何でも良くティッシュペーパーや紙切れでも火はつきます。しかし、古代感を大切にする文化財課では、当時あった植物繊維として麻の繊維を火口に使用しています。
 さて、この火口は火がつくと一瞬でなくなってしまいます。このため古代体験の多い時期は大量の火口が必要です。さすがにふわふわの植物繊維は売っていないので、麻紐の撚りをほぐしてひたすら分解して作ります。考えてみればせっかく製品になったものをあえて逆にばらすので手間もかかります。そして「麻紐工場の人ごめんなさい」という思いで行っています。
 こうして手間ひまかけて作られた火口に炎がつくと、大人も子供もワッと歓声があがります。職員もその瞬間の参加者の顔を見るのが大好きなのですが、一方では次々と炎ときえていく火口をみて「大事に使って!」と心の中で叫んでしまうのです。
 この大変な火口作りに革命の息吹がおきそうなのですが、次の機会に・・・
文化財課学芸員 桾木敬太  

火種と火口     原材料
  中心の黒っぽいのが火種。まわりのふわ
  ふわの繊維が火口。
 製品だけど原材料の麻紐

撚りをほぐす

疲れた職員
 ひたすら撚りをほぐす。 そして疲れる・・・ 

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