

琴平遺跡 広島市安佐北区大林町所在
琴平遺跡は安佐北区と山県郡北広島町との境界にある備前坊山(びぜんぼうやま)(789.4m)から南に伸びる標高約145mの尾根の先端に位置する、弥生時代の集団墓地です。遺跡のある尾根の下に広がる平野には、北東より根の谷川が流れており、遺跡からは安佐北区大林や三入の町並みを見渡すことができます。
国道54号線可部バイパスの建設に先立ち、平成17年度から建設工事予定地内にある各遺跡の発掘調査を行ってきました。これまでにトンガ坊城遺跡(弥生時代終末~古墳時代初頭の集落跡・古墳・中世の山城跡等)・坊主山遺跡(弥生時代後期の集団墓地)・柳遺跡(弥生時代後期~古墳時代初頭の集落跡)を調査してきました。
平成21年度に行った琴平遺跡の発掘調査は建設工事予定地での最後の調査にあたり、弥生時代のものと考えられる合計21基の土壙墓(お墓)を確認しました。

三谷遺跡の位置図
①琴平遺跡 ②柳遺跡 ③坊主山遺跡 ④トンガ坊城跡
琴平遺跡周辺の遺跡情報はこちら
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調査前の琴平遺跡上空より三入方面を望む(北から) | 調査前の琴平遺跡 この地にあった社(琴毘羅社)の写真です。大正時代にこの社を建てた際に、石棺や鉄刀が見つかったと伝えられることから、古墳があるとされていました。 |
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調査前の琴平遺跡(真上から) 遺跡中央にあたる尾根の頂上部分が削られて社の境内地になっていました。石棺の石材は、社の基礎や境内を囲む石垣などに使われたと伝えられており、境内には石棺の石材であったと考えられる石が残っていました。 |
1 遺構
確認した遺構
調査の結果、古墳の盛土や掘り込み等の地形整形の痕跡は認められず、その存在は確認できませんでしたが、21基の弥生時代と考えられる土壙墓(お墓)を確認しました。墓壙(墓穴)は主軸を東西方向に向けるグループと南北方向に向けるグループとに分かれ、尾根の南側斜面の3基のみが主軸を南北方向に向けていました。
墓壙は木棺や石棺を用いた墓と考えられます。土層の様子や板を据えた痕跡から木棺と考えられる墓壙や、墓壙内に石棺の石材が残っているものがありましたが、ほとんどの墓が石材の抜き取りや撹乱を受けていました。また、6基の墓壙からは赤色顔料の跡を確認し、1基の墓壙からは人骨片が出土しました。
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調査後の琴平遺跡(真上から) | 調査後の琴平遺跡(南から) | |
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調査後の琴平遺跡(西から) | ||
①木棺墓 土層や木棺の痕跡が残っていたことから木棺墓と考えられます。棺の側板や小口板が据えられていた溝が確認できるものもありました。 |
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木棺の痕跡が見つかった墓壙(ST3)(南から) | 木棺の痕跡が見つかった墓壙(ST3)(南から) | |
②石材が残っていた墓壙 墓壙内に石材が残っているものもありました。土層では石材が抜かれた痕跡もあり、石棺墓であったと考えられます。 |
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石材が残っていた墓壙(ST15)(北西から) | 石材が残っていた墓壙(ST15)(北西から) | |
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石材が残っていた墓壙(ST1)(南から) | ||
③赤色顔料が見つかった墓壙 床面が、一部赤くなっている墓壙を全部で6基確認しました。これは赤色顔料で、遺体や棺に塗られていた跡と考えられます。科学分析した結果、ベンガラ(酸化第二鉄)であることが分かりました。ベンガラ等の赤色は神聖なもので、「魔除け」や「死者の復活」を願う意味があったとする説や、防腐剤の役割があった等の説があります。 |
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赤色顔料が見つかった墓壙(ST13)(南から) | ||
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赤色顔料が見つかった墓壙(ST2)(東から) | 赤色顔料が見つかった墓壙(ST12)(北から) | |
④人骨が見つかった墓壙 尾根の南側斜面にある墓壙(ST8)から人骨片(頭骨の一部や歯など)が出土しました。 |
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人骨が見つかった墓壙(ST8)(南西から) | 人骨が見つかった墓壙(ST8)(拡大) | |
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見つかった歯 鑑定の結果、男性の骨である可能性が高いことが分かりました。 |
2 遺物
出土した遺物
今回の発掘調査では、遺構に伴うものではありませんが、遺跡を覆っていた表土から弥生土器片と、須恵器片が出土しました。
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出土した弥生土器片 弥生後期の甕形土器と鉢形土器の口縁部です。 |
出土した弥生土器片 弥生後期の椀形土器と鉢形土器の底部です。 |
出土した須恵器片 8~9世紀頃と考えられる坏身の底部です。高台がついています。 |
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