(下は似たタイプの装飾須恵器を参考
にもとの姿を復元した想像図です) |
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出土遺跡名 |
上ヶ原遺跡(うえがはらいせき) |
遺跡の所在地 |
安佐北区可部町 |
遺物の時期 |
古墳時代後期 |
遺物のサイズ |
胴部最大径16.4cm 鍔状突帯部最大径21.6cm(ともに復元値) |
遺物について |
広島市内でも特に多くの古墳が集まる可部古墳群の一部、上ヶ原古墳群を見おろせる丘の上で、破片の状態で出土しました。完全な形には復元できませんでしたが、へんぺいな球形の胴に鍔状突帯(つばじょうとったい)と呼ばれる帯が貼り付いてめぐるものになりました。本来、この球形の胴に長い頸(くび)と脚がついた壺だったと考えられます。また、突帯部分の下には支脚が、上には小さな高坏(たかつき)と考えられる器の脚がついていました。突帯に残された、こうした支脚と器がはがれた痕跡の間隔から、本来は8か所に支脚がつき、それぞれの支脚の上に突帯をはさんで小さな高坏がついていたと考えられます。 |
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壺などの肩や突帯に、動物、人物、小さな器などを付けるといった装飾を持つ須恵器のことを装飾須恵器と呼びますが、広島県内ではこれまでに芦田川上流域や、江の川支流の馬洗川水系に沿って、世羅台地を中心に出土しています。また、この遺物に似たタイプのものは、沼田川流域の三原市本郷町の御年代古墳(みとしろこふん)、太田川支流の三篠川上流沿いで、江の川の支流にも近い安芸高田市向原町の千間塚古墳(せんげんづかこふん)、馬洗川流域の三次市吉舎町から出土しています。この遺物は県内では最西の出土例となるもので、これらの他の地域との関係を考えさせるものです。 |
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